大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)2372号 判決 1981年3月31日
原告(反訴被告)
田中石男
被告(反訴原告)
寺本千寿代
主文
一 別紙記載の交通事故に基づき、原告(反訴被告)が被告(反訴原告)に対して負担する損害賠償債務は、存在しないことを確認する。
二 被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は本訴、反訴とも被告(反訴原告)の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 本訴請求の趣旨
主文第一、第三項と同旨の判決
二 本訴請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
三 反訴請求の趣旨
反訴被告は、反訴原告に対し、金一九四万四七三三円及び内金一七四万四七三三円に対する昭和五三年一月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は反訴被告の負担とする。
第一項につき、仮執行宣言。
四 反訴請求の趣旨に対する答弁
主文第二、三項と同旨の判決
第二当事者の主張
一 本訴請求の原因
1 事故の発生
別紙記載の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
2 責任原因
原告は、本件事故について、運行供用者もしくは不法行為者として、被告に対し、その損害を賠償すべき責任がある。
3 損害
(一) 治療費 三三万九三六〇円
(二) 慰藉料 三〇万円
4 過失相殺
本件事故の発生については、被告にも赤信号を無視して加害者の直前に飛び出した過失があるから、被告の算定に当つては九〇パーセントの過失相殺がなされるべきである。
5 損害のてん補
原告は被告に対し、治療費等損害の内金として総額六二万九三六〇円を支払つた。したがつて、被告の損害はすべててん補され、もはや本件事故による原告の損害賠償債務は存在しない。
6 しかるに、被告はなお損害があると主張し、原告に対し、損害賠償金の支払を求めている。
7 よつて、原告は、本件事故に基づく原告の被告に対する損害賠償債務は存在しないことの確認を求める。
二 本訴請求の原因に対する答弁並びに被告の主張
(答弁)
請求の原因1及び2は認める。
同3のうち、(一)は認めるが、(二)は争う。
同4は争う。
同5のうち、被告が本件事故による損害の賠償として、総額六二万九三六〇円の支払を受けたことは認めるが、その余は争う。
同6は認める。
(主張)
本件事故現場の見通しは極めて良好であり、原告からみて前方横断歩道の見通しをさえぎるものは無い。被告は、右横断歩道の南端より被害自転車で対岸歩道へ横断しようとしたところ、横断歩道中央付近で青色点滅に変り、戻れずに前進したものである。原告は横断歩道上の通行人車の注意を欠いたまま最先に発進した過失があり、本件事故は原告の一方的過失により発生したものである。
三 反訴請求の原因
1 事故の発生
本件事故が発生した。
2 責任原因
反訴被告は、本件事故について、運行供用者として、反訴原告に対し、その損害を賠償すべき責任がある。
3 損害
(一) 受傷、治療経過等
(1) 受傷
頭部外傷1型、在肩甲部・右大腿部・右足関節部挫傷、頸部捻挫
(2) 治療経過
昭和五三年一月一三日から現在に至るも、頸部痛及び頭頂部への放散痛が回復せず、内藤病院に通院治療中である。
右の間昭和五三年五月三一日症状固定の後遺障害残存の診断を受けた。
しかし、その後体調がおもわしくなく昭和五三年七月四日から再び右病院へ通院治療を続けた。
(3) 後遺症
自賠法施行令別表後遺障害等級一二ないし一四級に該当する。
(二) 治療関係費
(1) 治療費 三三万九三六〇円
(2) 退院交通費 二万二〇〇〇円
(三) 逸失利益 八一万二七三三円
反訴原告は、本件事故当時、大阪市立港南中学三年生であつたが、昭和五三年三月同校を卒業後、同年五月一六日からハトキン株式会社喫茶部にウエイトレスとして就労したが、本件事故による受傷のため勤務を継続し得ず、同年八月五日退職し、昭和五四年五月一五日まで就労できなかつた。
本件事故に遭遇しなければ、昭和五三年四月一日から同年五月一五日まで及び同年八月六日から昭和五四年五月一五日まで就労可能であつたから、この間の逸失利益をウエイトレスの月収九万七四五〇円の基礎として算出すると、八一万二七三三円となる。
(四) 慰藉料 一二〇万円
4 損害のてん補 六二万九三六〇円
5 弁護士費用 二〇万円
6 よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。ただし、弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求めた。
四 反訴請求の原因に対する答弁並びに反訴被告の主張
(答弁)
請求の原因1及び2は認める。
同3のうち、(一)は不知。(二)の(1)は認めるが、(2)は不知。(三)及び(四)は争う。
同4は認める。
同5は争う。
(主張)
本訴請求の原因4のとおりである。
五 反訴被告の右主張に対する反訴原告の反論
本訴についての被告の主張のとおりである。
第三証拠〔略〕
理由
第一 本訴請求について
原告主張の請求の原因1、2については、当事者間に争いがなく、本件事故による原告の被告に対する損害賠償債務は、後記第二のとおり存在しないと認められるところ、被告は、損害賠償債務がなお存在すると主張していることに当事者間に争いがない。
第二 反訴請求について
一 事故の発生及び責任原因
請求の原因1、2は、当事者間に争いがない。
一 損害
1 受傷、治療経過等
成立に争いのない甲第二号証の一ないし一三、第三号証、第五号証の一ないし三、乙第四号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第四号証、証人内藤龍彦の証言、反訴原告本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。
(一) 反訴原告は、本件事故により、頭部外傷Ⅰ型、頸部捻挫、左肩甲部・右大腿部・右足関節部挫傷の傷害を受け、事故当日の昭和五三年一月一三日から同年五月三一日まで大阪市港区在の医療法人社団緑龍会内藤病院に通院したが(内実治療日数二三日)、その状況は、次のとおりである。
一月一三日から二月二八日まで 実通院一五日
三月一日から同月三一日まで 実通院六日
四月六日
五月三一日(もつとも、治療は受けず、後遺症診断のための通院であつた。)
この間反訴原告は、挫傷部位に湿布を施されたほか、主に在側頸部痛と左頭頂部痛、吐き気などを訴えたため、当初は消炎剤、鎮痛剤等の投与による薬物療法を、同年一月二六日からは専ら超短波による温熱療法を受けていた。
(二) しかし、反訴原告の右症状は漸次軽減したものの、完治しないまま、昭和五三年五月三一日右病院の内藤龍彦医師によつて、固定した旨の診断を受けた。そして、同医師は、反訴原告の症状について、「左側頸部に圧痛を残す。左大後頭神経に圧痛を認める。また左側腕神経叢に圧痛を認めるが、上腕二頭筋腱反射及び上腕三頭筋腱反射に左右差なく、上肢の知覚障害はない。X線上頸推に異常はない。脳波に異常所見を認めない。」と診断したうえ、この程度の症状であれば、仕事に就くことも十分可能で何ら問題はなく、時に残存する症状が現れた場合にだけ、対症療法を受ければ足りること、医学的にみても自賠法施行令別表後遺障害等級一四級にも達しない程度のものであると感じにいること等所見を明らかにしている。
なお、右症状は、自賠責保険の後遺障害等級事前認定の関係では、「非該当」とされた。
(三) もつとも、反訴原告は、その後の昭和五三年七月四日再び同様の症状を訴えて内藤病院に通いはじめ、翌昭和五四年五月一四日までに、九二日間通院した。この間の反訴原告の症状につき、前記内藤医師は、前記後遺症診断時と同様で、悪化してはいないとの診断を下している。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 治療関係費
(一) 治療費 三三万九三六〇円
当事者間に争いはない。
(二) 通院治療費
認めるに足りる証拠がない。
3 逸失利益
(一) 前記乙第四号証、成立に争いのない甲第九号証、反訴原告本人尋問の結果により成立の認められる乙第一ないし三号証、証人内藤龍彦の証言、反訴原告本人尋問の結果(ただし、後記措信しない部分を除く。)、弁論の全趣旨によると、反訴原告は、昭和三八年三月一一日生で、本件事故当時中学三年生であつたところ、全日制高校の受験に失敗したため、昭和五三年四月から府立市岡高校の定時制に入学したこと、そして、前記の後遺症診断を受けた日の翌日である同年六月一日から同年八月一五日までケーキ・パン販売兼喫茶店経営のハトキン株式会社にウエイトレスとして勤務し、この間、六月分(同月一日から一五日まで一四日間稼働)として四万七七二五円、七月分(六月一六日から七月一三日まで二六日間稼働)として九万七四五〇円、八月分(七月一六日から八月一五日まで一七日間稼働)として四万七九七〇円の各給料を得ていたこと、ところが同年八月一六日から何ら職に就かず、昭和五四年三月から実母の経営する喫茶店で働き始めたことが認められ、右認定に反する、反訴原告本人尋問の結果中の、体調が悪くなつたのは昭和五三年八月の初めごろからで、そのため同月一五日会社を辞めた旨の述べる部分は、前記各証拠に照らし、にわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(二) 右認定の事実に、前記1の認定の事実(本件受傷部位、程度、治療経過とりわけ昭和五三年四月以後症状固定診断日までの通院状況、後遺症状及び同年七月以後の同症状についての内藤医師の所見等)を併せ考慮すると、反訴原告が中学卒業後全日制の受験に失敗した段階で就職しなかつたこと及び前記会社を退職したことの直接の原因を本件事故による受傷ないしその後遺症状にのみ求めることは到底できないというべきであり、むしろ反訴原告は自らの都合によつて職に就かなかつたものと、また右会社を退くに至つたものと認めるのが相当である。
そうすると、反訴原告が主張するように、かりに不就労ないしは退社によつて得べかりし利益を失つたとしても、これらを本件事故によつて余儀なくされた損害換言すれば本件事故と相当因果関係のある損害であるということはできず、結局反訴原告の逸失利益の賠償を求める主張は採用することができない(もつとも、本件事故による受傷、後遺症状が存したことも否めないのであるから、逸失利益としては右で述べたとおりとしても、この間の事情を慰藉料算定にあたつて斟酌すべきものと考える。)。
4 慰藉料
本件事故の態様、反訴原告の傷害の部位、程度、治療経過、後遺症の部位程度のほか、前記甲第三号証において内藤医師も指摘するように、本件受傷が反訴原告の勉学の面において支障を来たしたものと思われること等諸般の事情を考え併せると、反訴原告の慰藉料額に右金額とするのが相当である。
三 過失相殺
1 前記一の争いのない事実に、前記甲第九号証、成立に争いのない同第一号証、第六ないし八号証、第一〇、一一号証、反訴原告主張の写真であることに争いのない検乙第一ないし三号証、反訴原、被告各本人尋問の結果、弁論の全趣旨を併せ考えると、次の事実が認められる(ただし、甲第九号証、反訴原告本人尋問の結果中、後記措信しない部分を除く。)。
(一) 本件事故現場は、いずれもアスフアルト舗装道路である、東西に通ずる国道一七二号線(以下「国道」という。)と南北に通ずる道路(以下「南北道路」という。)とが丁字型に交差する信号機の設置された交差点内であり、その状況は別紙図面のとおりである。事故当時、右交差点に設置されていた信号機の、東西車両用と南北歩行者用の各表示の対応関係は次のとおりであつた。
<省略>
なお、事故当時夜間であつたが、道路照明燈があつて明るく、付近路面は雨上りで湿つていた。
(二) 反訴被告は、助手席に妻と生後六か月の子供を乗せ、加害車を運転し、国道を西進し、北に左折すべく、本件交差点に差しかかつた際、東西車両信号が赤色を表示していたので、別紙図面<1>にいつたん停止して信号待ちをしていたが、その時、同じ西行車線の中央部分及び南側部分にも右図面のとおりそれぞれ車両が停止し、信号待ちをしていた。しばらくして、信号が青色に変つたので、反訴被告は進行方向である左方にのみ注意を奪われ、右方の安全確認を怠つたまま、加害車を発進させたため、別紙図面<2>に至つてはじめて同<ア>地点を北進中の被害自転車に気付き、急制動の措信をとつたが、及ばず、同<3>で自車右前角部付近を被害自転車に衝突させた(同<×>が衝突地点である。)。なお、信号待ちをしていた他の車両は、信号が青に変つた際、北進中の被害自転車に気付いたためか、加害車よりもいく分遅れそれぞれ発進した(反訴原告は、本人尋問において、衝突転倒のとき、他の信号待ちの車両が走り出した旨述べている。)。
(三) 反訴原告は、被害自転車で買物に出掛け、本件交差点西詰横断歩道を南北歩行者用信号が青であつたので、北から南に渡り、そこから約二〇メートル西方の薬局(南側歩道に面している。)前に至つた。同所において、反訴原告は被害自転車をいつたん停め、同車前部に付けてあるかごに入れておいた財布を取り出そうとしたところ、見当らなかつたため、途中で落したものと考え、財布を探しながら、東方に取つて返し、右横断歩道南端にきたとき、加害車を含め信号待ちの東行車両が停止していたことから、南北歩行者用信号がすでに赤色を表示していたにもかかわらず、被害自転車に乗つたまま、北進しようとして前記(二)の状況下で、加害車に衝突された。
以上の事実が認められる。
ところで、反訴原告は、右認定と異なり、西詰横断歩道を北進中、中央分離帯付近で青色点滅に変つた旨主張するので、検討する。
まず、反訴原告は、前記甲第九号証において、「この横断歩道南詰から北に入る時北行はまだ青信号のようで……私は横断歩道に入り北側に向けたら信号が変つたので早く渡ろうとペタルを早く踏んで東行車道に入り、左側の車が動き出す感じでしたが……」と述べ、必ずしも南北歩行者用信号につき適確な供述とはいい難いところがあるが、本人尋問において、右主張に副う供述をしている。
次に、証人碇洋子は、証言において、被害自転車の後方から証人自身自転車で追走し、別紙図面<ア>に自らが至つたとき、はじめて南北歩行者用信号が青点滅になつたが、その際被害自転車はどの位置にいたか分らないし、衝突の状況を目撃していない旨述べている。
しかしながら、証人碇洋子の証言は、被害自転車に追走していたと述べながら、本件事故状況を目撃していないと述べるなど不自然不可解な内容を数多く含んでいるうえ、かりに右証言及び反訴原告の供述どおり、被害自転車が東行車線に相当入つたとき、もしくは中央分離帯付近に至つたとき、南北歩行者用信号の表示が青点減に変つたものとすると、前記(一)で認定した信号周期からすれば、信号待ちで東行車線に停止中の前記(二)で認定した車両は加害車を含め全身が、東西車両用信号の表示が青に変わる少くとも一三秒前にすでに発車したことになる(なお、被害自転車が中央分離帯付近から衝突地点までに達するのに二秒程度で足りるのであろうと思われる。)。しかしながら。このような事態は通常あり得ないことであるといわなければならず、右証言や供述は、到底措信し難く、他に反訴原告の主張を認めるに足る証拠はない。
2 右認定の事実によれば、本件事故の発生については、反訴原告にも歩行者用信号の表示に反し本件交差点を横断しようとした重大な過失が認められるところ、前記認定の事故の態様、反訴被告の過失の程度等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告六割五分程度を減ずるのが相当と認められる。
四 損害のてん補
請求の原因4は、当事者間に争いがない。そうすると、反訴原告の損害は、すべててん補されて余りあることは計算上明らかである。
第三 以上の次第で、原告(反訴被告)の本訴請求は理由があるから認容し、被告(反訴原告)の反訴請求は理由がないから棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 佐々木茂美)
(別紙) 交通事故
一 日時 昭和五三年一月一三日午後七時ごろ
二 場所 大阪市港区磯路二丁目一番一号先交差点
(通称市岡交差点)西詰横断歩道上
三 加害車 普通乗用自動車(泉五六ね八六二五)
右運転者 原告(反訴被告)
四 被害者 被告(反訴原告)、足踏二輪自転車に乗つていた。
五 態様 右場所において、北進中の被害自転車に、西から北に左折しようとした加害車が衝突した。
別紙図面
<省略>